Dominique Nachi

歩く男





ベルリンに到着した初日の夜は大雨で風が強くなびいており、嵐のような天候だった。
北欧ののどかな雰囲気から一変、ベルリンの地下鉄は汚く、怖い。ボトルの酒を片手にドイツ人の太い男3人組が寄ってきたと思ったら、隣に座って、犬のように大声で吠えていた。
そんな地下鉄に揺られながら、僕にしては珍しく、迷わずあっけなくホステルGeneratorに到着した。

何百人も旅行客を収容しているこのホステルは、若いバックパッカーのティーンが多く、まるで大学のキャンパスに来ているかのようだった。28にもなった僕は、若僧たちとここで9日間過ごすこととなる。
土曜の夜だ。パーティナイトにはもってこいだが、外は嵐、おまけに階段で足のくびれを捻挫していた僕は歩くこともようようで、しばし一階のカフェで休むことにした。

カフェでipadをチャージしながらグラインダー(ゲイアプリ)でメッセージを交わした男は、アプリでは10メートル先にいると表示されている。暗くて顔がよく見えなかったが、向かい側の席に座っているアプリの写真と同様、黒いシャツで髭のある男がいた。I think I can see youとテキストを打って手を振ると、男は僕に気付いて、こちらの席に来た。

カナダ出身で、小柄でヒゲを蓄えたその男は、年は10ほど上だが、旅人だからだろうか、若く見えた。I need to charge my phoneと言って、携帯をコンセントに挿したとたん、アダプターから火花が散った。なんて安っぽいオンボロの壊れたアダプターを持った男だろう!僕がたまたま日本から持っていたアダプターはアメリカのプラグにも対応していたので、彼に貸すことにした。

名前はMohammedという。中東にルーツのある顔をしていた。彼はよく話した。どこにでも歩いていくと言う。見せてくれた万歩計には彼が毎日どれくらい歩いたかの壮大な歩数が刻まれていた。知らない土地を歩きながら、迷う感覚が好きなのだと言う。僕もそれはすごくよく分かった。上下黒のシャツとパンツ姿の彼は、毎日この姿なのだろう。彼は荷物を相当少なくして、リュックひとつで世界を旅する男だった。

 僕が彼にあやかってヒゲ男も好きだと言ったものだからヒゲ男児アプリを紹介してもらった。おそらく一生使うか分からないが。またベルリンの見どころなど旅の秘訣を、彼から少し伝授してもらった。ゲートとホロコーストは絶対見たほうがいいよと言っていたので、僕は後日そこに行くことにした。

 Mohanmadは数日で帰ったが、彼の最終日は、僕が朝までオールしていたので、会うことができなかった。貸したアダプターは受付に預けておいてくれ、無事戻ってきた。あげてもよかったのだけど、これから僕もノルウェーでの長い滞在を考えると持っておきたい必需品だった。

 このアダプターを見るたびに、彼のことを思い出すだろう。

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© 2020 Dominique Nachi

テーマの著者 Anders Norén