Dominique Nachi

待つ男

会社員28歳、A氏の話である。
男は真面目で細かく、休みの時間も何かをせずにはいられない。
そんな時間に追われるこの男のひそかな楽しみ、それは待つことである。

男はある日、帰りのバスに乗り遅れた。あと30分、次のバスが来るまで待つ。このなんでもない30分を何もしないでベンチに座りながら、男は初めてのように自由な時間を堪能した。

ある意味、待つ時間は男に何もしないことを強制してくれる、ヒーリングの時間となっていった。

待つことは期待することに似ている。
ある転換期への前段階で、楽しいことが予期されるこの時間。
これを楽しいと思うか、ストレスと感じるかは本人次第である。

男はある日、会社の健康診断のために病院に向かった。診察を待つ席へ移動し座った。なんでもないこの待つ時間に、病人でもないのに安心した気持ちになった。それは、あたふたした日常から突然逸脱し、この身を預けたような気持ちになったからである。

待ち時間とはトランジションである。
普段はABBCへと移動していくこの移動の時間こそがトランジションであり、
このトランジションを楽しめないと、人生半分損しているようなものである。

このトランジションである移動する空間が、
彼にとってのこころの自由な時間であり、
やがて移動のみが、彼の人生をなすものになっていった。

男は待つために、一つ遅めのバスに乗ることにした。
待つために、病院に行くようになった。

今日も会社に向かう途中の公園で5分座る。
待つ、1分、2分、3分、4分、5分。

そして男は会社に向かうのであった。

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© 2020 Dominique Nachi

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