Dominique Nachi

女の壁

私がなぜ女に対して恐怖を抱くようになったか

離れる男とつながる女

男と女についてのテーマは永遠のものとでも言えましょうが、

私はまずこの男女平等だとか性はグラデーションだとか言われている社会において、やはり男と女は全く別の生き物であるということを再確認したほうがいいと思っています。

それはなぜかと言いますと、例えば男は脳の99%がセックスでできていて、毎日四六時中セックスに翻弄された生き物だということを女は忘れがちです。男の1人部屋をノックせずに入ってはいけない、ノックしてもすぐに入ってはいけない。これは教科書に書いてほしい。男は一人でいる時は大体マスターベンションしていますから。それに対して女の性のリズムは一ヵ月周期でやってくるでしょう?それに伴う感情の起伏というものについて、男は限りなく無知に近いです。

例えば、何かに傷つき、苦しいことがあったとき、女は人と共有したがるでしょう?それを男は理解できない。なぜかというと、弱みを知られることは自分の存在危機につながるから、そういうときほど人と距離を置いて、一人になりたがるのです。苦しい時ほど、檻の中にこもりたがる男と人とつながりたがる女。

これはあまりにも一般化しすぎた話、誇張した話ではあるけど、それほど男と女がかけ離れた生き物であるということを認識しないで、男女平等だとか、フェミニズムだとか言っているからこそ、何でこれが理解できないの?分かち合えないの?って男女の摩擦が起きるのだとしたら、もともと理解できないのが当たり前だと思った方が良いというか気が楽だと私は思うのです。

恐怖の始まり

ここで、男女が違うというのを踏まえたうえで、私がなぜ女に対して恐怖を抱くようになったのかということについてお話させていただきます。

小学生までは、少女たちは私にとってとても身近な存在で、いつも身の回りにいる遊び友達でした。それが、中学生に上がると、急に男女きっぱりと別れるようになります。制服も違う、スポーツの授業も違う、靴箱、ロッカー、出席番号。男女は記号で差別化され、そこから私にとって女は遠い存在になっていきました。これまで普通に友達だった女たちが、男との関心ごとが恋愛に変わった瞬間、私にとって敵に変わったのです。

当時好きだった野球部の男子がいました。私にとって初恋とでも言えましょうか、私にもそんな初心な時代があったのです。野球部の中に、授業中は寝てしまうような、真面目な私からすると真逆なアホ加減と、それでいてとても素直で傲慢でない、まっすぐ輝いていた男子がいたんです。野球部って、野球部だけで固まる習性があって、たぶん彼らは恋愛上手ではないけど、その集団性と、とにかく目立つので、一目置かれる存在であったのは確かです。そんな私の片思いをよそに、女子たちは「あの男子カッコいい」とかいう話を平気でするでしょう?どう頑張ったってその男子が私に振り向かないことは分かっていたので、私は感情を心の玉手箱にしまいました。

女性器に対するある種の嫌悪が私の心の中に生まれ始めたのはこのころからでした。それは、女性器が、男性の神聖なシンボルを吸い取ってしまうから。それも柔軟性があるからどの男性器だっていけちゃうのではないか。女たちは女であることにすでに価値がありますから、あの暗闇の洞窟に導いて、私が好きな男子をことごとく食ってしまうのではないか、そういう存在に思えてきてしまったのです。

そして決定的な出来事がありまして、これは墓場まで持っていきたいくらい、私の大失墜で耳の痛い話ですが、これも今後に影響を及ぼした話なので書きます。当時体育祭というのが、一年のメインのイベントであるくらい、大きな行事でした。その催し物の一つで、男女がペアになって踊るというのが、今思うと高校生活を終える学生たちの青春の一ページだったのでしょう。高校2年生だったでしょうか3年生だったでしょうか。私は女子と踊るハッピーパレードに関心が無かったので、気づいたときにはそのペアが決まっていて、なんと私はペアの書類選考落ち。それがどういう風に決められたのかは分からないけど、女子たちが、男子を選んで決めていて、その時に思ったのが、女子たちが裏でそのような男子を選別することがあったというのが、私にはショックだったし恐ろしかったのです。私が踊ったもう一人の書類落ち男子は、ナイフをポケットに入れて登校している犯罪者めいた男子で、この屈辱というのが、今となって私の大きなトラウマというか女性不信につながったのではないか、といのが私の今の分析です。もちろん私はゲイだから女子とそういう関係にならないということは分かっていても、異性として見られないということは男としてのプライドが許せない。結局、女が男を評価して選ぶ社会、女が将来を見据えて男を選別するのであればゲイも犯罪者も切り捨てられるのです。

私がここで言いたいことは、要するに女はとても怖い生き物だということです。それは特に私が今住んでいる西欧では、男の攻撃性ばかりについて語られていて、女の攻撃性について語られないからこそ、伝えたいことです。男における攻撃、暴力はパンチとかキックとか、ある種幼稚な、目に見えて分かりやすいから非難の対象になります。女の攻撃、暴力は言葉であったり、感情であったり、普段の態度であったりするからややこしい。それは「目に見えない攻撃」だからこそ、精神的に相手を追い込ませることができます。私は女の一番の武器は「泣く」ことだと思っていて、これは男は女を泣かせたらおしまいだからです。私は教師をしていたときに、泣き出した女子の生徒がいて、首になりかけたことがありました。それくらい泣くことが必達の武器であることを、女たちは意識的にやっているのか無意識にやっているのか分からないけれど、男に大きなダメージを与えることは確かです。

私は女も秘めた暴力性があることを自覚してもらいたいし、その暴力性を乱用して無意識に男のプライドを傷つけていないか、用心してもらいたい。なぜなら男はプライドがすべてだから。プライドを傷つけられたら男はシュンです。

以上、笑って読んでもらえれば幸いです。




次へ 投稿

© 2022 Dominique Nachi

テーマの著者 Anders Norén